7月21日/白人は月に立ち、オリンピックが始まった


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 アポロ11号の船長、ニール・アームストロングが月面に降り立ったのは52年前の今日、すなわち1969年7月21日だった。
 アームストロングを主人公に据えたデイミアン・チャゼル監督の映画『ファースト・マン』にはいくつか印象的なシーンが存在するが、その中の一つにミュージシャンで詩人のギル・スコット・ヘロンが「Whitey on the Moon」を歌うシーンがある。


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 黒人たちは困窮しているのに、白人たちは莫大な税金を使って月を目指す。そんな不平等に対して皮肉をぶつけた歌だ。
 国家の威信なるものをかけて、アポロ計画関係者が月に行くことに執心しているのと同じ時期に、黒人たちは貧困にあえいでいた。徴収された税金は、白人たちが乗るロケットの開発に使われても、貧困層のためにはまともに使われない。

 『ファースト・マン』という映画の中で、黒人たちがあげた怒りの声は、しかし鮮烈な印象を残した後ですぐに遠景に消えていく。ライアン・ゴズリング演じるアームストロングの月旅行を阻止することはない。『ファースト・マン』という映画に奥行きを持たせる名シーンだ。*1

 

 2021年7月21日。

 東京オリンピックの一部の競技が始まった。
 新型コロナウイルスの感染拡大が収まる気配を見せない中で開かれるこの催しについて、決して少なくない割合の世論は中止か延期を求めたが、政府や関係者たちは結局開催を決定た。 政府や関係者、選手たちの多くはオリンピック・パラリンピックによって国民に夢や感動を与えると言っている。病床が埋まり、飲食店がシャッターを下ろすのを尻目に、選手たちは競技場の中を駆け回る……。
 そこにあるはずの、決して小さくないはずの批判の声は、「偉大な計画」を前にして、あたかも些細なもののように扱われる。カメラのレンズは競技場の内側に向けられ、外に響く声は遠景として消えていく。

 しかし、その声は間違いなくそこに存在している。

 

 『ファースト・マン』を見て、アームストロングに感情移入する人の心情はわかる。アポロ計画を無邪気に持て囃す人の気持ちも理解できる。

 だが、 私はギル・スコット・ヘロンの側に立つ人間でありたい。
 少なくとも自分はアームストロングではないし、アームストロングのような立場になりたいとも思わない。

*1:なお、Whitey on the Moonのリリースは1970年であり、実際には月面着陸の少し後に発表されている。

ウインピクシスかわいい/競馬デビューした話

 影響されやすいタイプである。

 料理をすることが好きになったきっかけは、子供の頃見たアニメ『中華一番』の影響だったし、プロレスを見るようになったのは新書『プロレスという生き方』やamazon primeのバラエティ番組『有田と週刊プロレスと』を立て続けに目にしたことがきっかけだった。

 

 

 そんな私なので、アプリゲーム「ウマ娘プリティダービー」をきっかけに競馬に興味を持つことは当然の流れであった。

 競馬に興味を持ったものの、最初にやったことは馬券を買うことではない。

 なにしろ私は自分にギャンブルの才能がないことを知っている。

 子供の頃、チョコボスタリオンをプレイしていて、レースでまともに金を稼げた記憶がない。穴にかけても手堅く予想してもなぜか外れる。大人になってからも、ソシャゲでガチャを回す際には、いつも深追いしてスカンピンになっている。予想が下手だし自制も効かないのだ。本格的に金を賭ければ、すぐに熱くなって財布が空になることが目に見えている。

 だから、馬券を買うことには抵抗があった。破滅はしたくない。

 ギャンブルの代わりにやったことは情報収集であった。競馬の歴史について書いた本や、競馬関係のエッセイ、競馬ファンがウェブ上に発表した文章などを読んで、知識欲を満たした。特に顕彰馬や有名な馬の歴史を綴った『名馬を読む』シリーズは非常に面白くて参考になった。

 

 そうして競馬熱が高まってくると、やはり情報収集以外のこともしたくなる。そうして手を出したのがPOGだった。POGについて知らない人は各自調べてほしいのだが、簡単に言えば活躍しそうな2歳馬を選んで、その馬が期限までにどれくらい賞金を稼げるのかで勝負するゲームである。

 と言ってPOGを一緒にするような仲間が複数人もいないので、知人に勧められてnetkeibaというサイトで開催しているPOGに参加することにした。

 ここで指名したうちの一頭であるウインピクシスが7月4日の福島第5Rに出走した。

 なぜウインピクシスを指名したのかはよく覚えていない。ウマ娘で元ネタの存在を知り気に入ったゴールドシップ号の産駒で、ゴールドシップと同じ芦毛馬だったから選んだような気がする。

 なんで指名したか覚えていないくらいなので、最初のうちはウインピクシスにそこまで思い入れを持っていたわけではない。しかし、レースの一週間前になると、なんとなくそわそわして、緊張してきた。せっかくPOGに参加したのだ。指名した馬には頑張ってほしいではないか。指名した馬の中で、ウインピクシスが初出走なのも気持ちを昂らせる一因になった。

 前日の夜には応援の気持ちを込めて馬券を買った。馬券を買うかどうかは、正直かなり迷った。もう一度言うが、私は自制心がない。一度はまり込んで破滅するのが恐ろしかった。

 それでも散々悩んだ挙句、ウインピクシスの単勝を1000円、複勝を2000円、合わせて3000円分の馬券を買った。複勝を2000円買ったのは、買った時のウインピクシスの複勝オッズが1.5倍前後で、3着以内に入ってくれたら収支マイナスにはならないと踏んだからだ。

 調教師やウイン関係者のコメントなどを読んで、3着以内には間違いなく入ってくれるだろうという確信はあった。今思えばそれはかなり危うい思い込みで、ウインピクシスが4着より下の順位になる可能性は十分あったように思う。だが、とにかくその時の私はウインピクシスが絶対に3着以内に入ると信じていた。

 3000円金を賭けたあとは不安になって、さらに色々情報を探した。情報収集する中で、私はウインピクシスが勝利すると言う確信を深めていった。あの時の精神状態は我ながら酷かったように思う。都合の良い情報ばかり集めて、自分に不利な情報は目に入っていなかった。

 偏った情報収集によって、ウインピクシスの勝利を確信した私は、追加で5000円ほど単勝馬券を買い足そうかと本気で検討したのだが、それはなんとか堪えた。そこで追加で金を賭けたら勝っても負けても戻って来れなくなるような気がした。

 そうしてレースの時間を迎えた。レースの直前、私はTwitterでウインピクシスという文字列を何度も検索した。ウインピクシスに印をつけるツイートを見つけて、精神を落ち着かせようとしたが、逆に余計に気が昂ってしまった。

 結果はウインピクシスの勝利だった。

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 好スタートから2番手につけ、最終コーナーで先頭に立ち、そのまま3馬身半差をつけて鞭も入れずにゴール。圧勝だった。

 私はこの結果を見た時、ウインピクシスという馬の虜となった。アイドルを好きになるのに近い感覚だった。

 ウインピクシスは小柄な牝馬である。茶色のようなピンクのような芦毛は、美しさと同時に幼さというか無邪気な雰囲気を漂わせる。メンコをつけていることからもわかるとおり、やんちゃな性格らしいのだが、レースぶりは優等生そのもので、そのギャップも可愛らしく思えた。

 ウインピクシスが勝利したおかげで、私の懐には幾らかの払い戻しがあったのだが、それが些細に思えるくらい、私はウインピクシスという馬に惚れ込んでしまったのだ。

 以来、私は定期的にウインピクシスという文字列を各種SNSで検索し、ウインのHPに近況報告がアップされるたび、ドキドキしながらそれを読むようになった。こんな気持ちは初めてだ。POGに手を出して良かったと、心の底から思った。

 そして、なんとPOG期間はまだ始まったばかりである。今後、ウインピクシス以上に私を魅了する馬が現れる可能性も十分にあるだろう。それが今から楽しみでもあり、深い沼に引き摺り込まれそうで恐ろしくもある。

プロレスの試合は著作権法で保護されるか? 改訂版

※この記事は2021年5月23日に公開した記事を、大幅に加筆・修正した上で、2021年7月19日に再公開したものです。

 

  • 最初に
  • 著作権法における「著作物」や「実演家」とは何か?
  • スポーツは著作物ではない
  • プロレスの試合が著作物と認められるためには創作性の是認が必要
  • プロレスの創作性を認めずに無断撮影を禁止する
  •  創作性を認めても、全ての試合が著作物になるわけではない
  • セメントマッチをどう扱うか?
  • 実演家としてのプロレスラー
  • まとめ

 

最初に

 皆さんは、プロレスを現地で鑑賞したことがあるだろうか?

 私も少し前まではチャンスがあれば、会場に足を運んで贔屓の選手を応援したものだが、新型コロナウイルスが猛威を振るい始めてからは、なかなかそういうわけにもいかず、生でプロレス観戦をしていない。私が住む島根県にはプロレス興業は来ていないし、都市圏に足を運ぶのは少しリスクが高い。

 ところで、大抵のプロレス団体は、試合観戦についてのルールを定めている。そのルールの中には、多くの場合、観客が写真やビデオを撮影することに関するものが含まれている。

 比較的多くの団体が採用しているルールは、「写真撮影はOKだが、映像の撮影や録音は不可」というものだ。業界最大手の新日本プロレスや、デスマッチプロレスで有名な大日本プロレスなどがこの方針をとっている。

 他方で、DDTのように条件付きで映像の録画を許可している団体も存在する。

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 この動画撮影を許可するかどうかの問題について、私には少々気になっていることがある。

 それは、動画撮影を許可していない団体の中には、動画撮影を禁ずる理由として、著作権を持ち出しているところがあるということだ。

 例えば、新日本プロレスは、観戦マナーを啓発するための動画の中で、会場内で動画撮影・録音する行為を「肖像権・著作権の侵害」であると説明し、撮影した動画をインターネット上にアップロードする行為を「著作権法違反」で「10年以下の懲役又は1,000万円以下の罰金」と明言している。

*1

 


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 2020年にDDT経営統合し、新たに発足した株式会社CyberFightのブランドとなったプロレスリング・ノアは、同年7月に発表した観戦マナー動画で、動画撮影の禁止を呼びかけているが、この動画の中では、「無断で動画を撮影し、インターネットにアップロードする行為は違法」で「肖像権・著作権の侵害となり、法律違反での罰金が生じる場合がある」と説明している。*2


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 プロレスの試合は動画撮影NG。

 その主張自体はコンテンツを守る上で必要なものだろう。新日本プロレスプロレスリング・ノアは、有料会員向けに試合映像の動画配信を行っているわけで、観客が撮影した映像が無断でネット上に配布されることを禁じたいと考えるのは当然である。

 だがそれとは別に、動画の撮影や無断アップロードは著作権の侵害になる、という説明に対しては、私は引っ掛かりを覚えるのだ。

 その引っ掛かりとは、一言で説明すれば次のようなものになる。

 プロレスの試合は果たして著作権法によって保護される対象なのか?

 というのも、後述する通り、一般的にスポーツの試合というものは著作権法によって保護されないからである。

 この記事では、プロレスと著作権の関係について、検討してみたいと思う。

 なお、あらかじめて断っておくが、この文章を書いている私は、一介のプロレスファンに過ぎず、弁護士や法学者ではない。関連文献を調査し、できる限り正確な情報を書いたつもりではあるが、もしも間違った記述などがあれば、指摘していただきたい。

 また、この記事はその性質上、プロレスのショー的な側面……要するに試合に「ストーリー」があること……を前提とした記述も多く含まれている。そのような記述はどうしても野暮になるし、人によっては不快であろう。

 その点についてご理解の上、続きを読んでいただきたい。

 

*1:新日本プロレスの場合は、「興行に係る著作権」を主張しているページも存在する。これについては試合等自体の著作権だけではなく、入場曲や煽りVTR等の著作権全般を言っていると解釈するのが妥当であろう。

参考:著作権について | 新日本プロレスリング

*2:なお、プロレスリング・ノアDDTとの合同興行であるサイバーファイトフェスティバルにおいては動画撮影を許可している。

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プロレスラーとラッパーは幽霊になるか

 幼い頃、実家の廊下で幽霊らしきものを見かけた経験がある。
 私がその時見たのは、身の丈が百センチくらいしかない小さな男の老人で、風呂場へ続く細い廊下に立って、じっと私を見つめていた。
 老人の顔に見覚えはなかった。
 老人を見た私が、どのような反応を取ったのかは、よく覚えていない。恐ろしくなって自分の部屋に引き返したような気もするし、無視して隣を通り過ぎて風呂場に行ったような気もする。確かなことは、老人の幽霊らしきものが私の眼前に現れたのは、その一回限りだということだ。
 老人の幽霊らしきものを見た後、私が何か不運に見舞われるようになったとか、別の怪奇現象に出逢うようになったということは、なかったと思う。
 幽霊らしきものを見たということは、家族に対して秘密にしていたから、お祓いとか魔除けみたいなことはしなかったはずだ。
 多分夢か幻覚かなにかなのだとは思うが、私の人生の中で幽霊(らしきもの)と直接的な接点を持ったのは、後にも先にも、その一度限りだった。金縛りにあった経験も、死んだ親戚の霊を目撃した経験も全くない。

 

 現在の私は、幽霊とか霊魂とかいったものの存在をほとんど信じていないが、かといって徹底した無神論者や唯物論者、科学万能主義者というわけでもない。
 だから、例えば暗がりを歩いているときに「幽霊が出たら怖いなあ」などと考えてしまうことは普通にあるし、長い時間苦楽を共にしたテディベアを捨てたときには、なんとなく気まずい気持ちになったものだ。ホラー映画を見れば素直に怖がるし、娯楽として怪談を楽しむことも多い。
 詳しいと自称できるほど見聞きしているわけではないが、だからといって怪談や心霊現象というものに全く無関心というわけでもない。

 

 さて、ここからが本題である。

 幽霊について、私は時々考えることがある。
 プロレスラーやラッパーの幽霊というものは存在するのか、ということである。

 果たして、プロレスラーは幽霊になるのだろうか。
 ナイフで刺し殺された力道山ブルーザー・ブロディ*1なんて、この世に未練たらたらでもおかしくない。しかし、ニューラテンクォーター*2やその跡地で力道山の幽霊を見たとか、あるいはブロディの幽霊がどこかの体育館で鎖を振り回しているのを見たとかいったような目撃談を聞いたことは、一度もない。

 プロレスラーと同じく、ラッパーが幽霊になったと言う話も耳にしたことがない。

 差別や貧困、ギャングの抗争、ドラッグカルチャーと密接な関係を持つヒップホップミュージックは、死の雰囲気を纏っていることも珍しくない。若くして死んだラッパーも少なくない。死んだラッパーは幽霊になって、自分を殺した抗争相手の枕元に立ち、ディスをしていてもおかしくないだろう。それなのに、ラッパーの幽霊が出てくる話を私は知らない。
 もしかしたら、ラップの本場であるアメリカに行けば、2PACノトーリアス・B.I.G.*3の出てくる幽霊譚を探すこともできるのかもしれないが、日本国内でそういう話を探すのは骨が折れそうだ。

 

 プロレスラーの幽霊が目撃されない理由について考えてみよう。

 私が想像するに、プロレスラーが幽霊になりにくいのは、彼らが分厚い筋肉の鎧を身にまとい、強烈な生の匂いを放っているからだ。

 かの中邑真輔*4はプロレスにしかないものとはなにかと問われ、「生身の人間が命をかけて戦っているということ」と答えたそうだ。*5

 つまり、プロレスの本質とは、生きた人間と生きた人間のぶつかりあいにあり、プロレスラーの本質とはその生命力にあるのである。
 プロレスというのは、ーー絶対にあってはならないことだがーー時として誰かが命を落とす、死に隣接したスポーツである。プロレスファンが垂直落下式の危険技に歓声を上げるのは、レスラーが死の危険と隣り合わせになっているからに他ならない。そして、プロレスが死に近いスポーツであることは、プロレスラーの生命力を否定しない。むしろその反対で、プロレスが死に近ければ近い競技であるほど、我々はリングから生還するプロレスラーたちの生命力を一層強く感じ取るのである。
 プロレスラーの本質が生命力にあるのならば、彼らが幽霊にならないのは当然である。生命力に満ちた死者というのは、存在し得ないからだ。

 

 では、ラッパーの方はどうだろうか。

 ラッパーは、プロレスラーのように生命力に満ちた存在ではない。ビーフ*6オーバードース*7の末に死んだラッパーが化けて出てもおかしくなさそうだ。

 ラッパーが幽霊にならない理由としてまず思い浮かぶのは、彼らが言語の世界に生きているということだ。マイクを握って口を動かすのがラッパーの本領であり、沈黙が美徳になることは絶対にない。
 それに対して、幽霊というのは言語を必要としない存在である。幽霊は、ただそこに存在しているだけメッセージを発することができ、おしゃべりが過ぎることは幽霊を目撃した者の想像力をかき消すことにもつながりかねない。

 もっとも、何度も電話をかけてくるメリーさんのように、ある程度以上の言語能力を持った幽霊も存在するわけで、この説はあまり説得力がない気もする。

 ラッパーの幽霊について語られないのは、語る側の技術的な問題もあるかもしれない。ラッパーの幽霊について語ろうと思えば、自ずと幽霊が口にしたラップを模写しなければならない。ライムを真似し、リズムを真似し、フロウを真似しなければならない。そんな技術がある語り部は皆無とは言わないが、決して多くはないだろう。

 

 などと思いつくままにそれらしい理屈を捏ねたが、プロレスラーやラッパーの幽霊が少ないことの理由は、絶対的な数の少なさにある、というのが本当のところかもしれない。

 学校の怪談が掃いて捨てられるほど存在し、いじめだとか受験だとかを苦にして死んだ学生の霊が大量に現れるのは、現実に学生というものが大量に存在することの反映だろう。

 文部科学省の統計によれば、2019年度の在学者数は、小学校636万人、中学校321万人、高校316万人、大学291万人である。*8

 一方、プロレスラーやラッパーの人数というのはかなり少ない。

 ベースボールマガジン社が毎年発行しているプロレスラー選手名鑑は、2019年号(2018年12月発売)から掲載人数1000人越えを売り文句にしている。

 

 

この名鑑は海外のレスラーもかなりの数を紹介しているし、地方のマイナー団体所属や学生プロレスのレスラーなど取りこぼしもあることから、レスラーの正確な数を知れるわけではない。なので、あくまで推測ではあるが、日本で活動するプロレスラーの数は1000人程度なのではないだろうか。

 

 ラッパーの数はプロレスラーの数より推測が難しい。

 ZEEBRAは『公開処刑 feat.BOY-KEN』*9の中で「星の数ほどいるワックMC」とラップしていたが、この星の数というのは間違いなく100万とかいった単位ではないだろう。

 少し古いデータになるが、「BAZOOKA!!!第11回高校生RAP選手権 in 仙台」(2017年3月開催)の予選参加者が1000人を超えていたらしい。*10

 このことから考えると、ラッパーを自称する高校生に限っても1000人程度は存在しそうである。もちろん昨今のヒップホップブームもあって高校生ラッパーは増えているだろうし、高校生RAP選手権に出場しない高校生ラッパーも多くいることは留意したい。

 一方、硬式野球部に所属する高校生の数は、2020年度は13万8千人程度である。*11硬式野球部の在籍人数は例年減少傾向にあり、2020年度は新型コロナウイルスの影響もあって特に減少の幅が大きくなっているが、それでも10万人以上の高校生が硬式野球部に所属しているのである。軟式野球部や、部活以外の同好会などを含めればさらに多い。

 以上のデータから、高校生ラッパーを1000人、高校球児を10万人と互いに少なく見積もってみよう。非常に乱暴な計算だが、高校生ラッパーと高校球児には100倍の人数差があるということになる。文部科学省の統計によれば高校の数が約5000、高校生の数が300万人強なので、高校球児はだいたい30人に1人すなわり1つのクラスに1人以上はいるが、高校生ラッパーは5つの学校に1人しかいない計算になる。このことを多く感じるか少なく感じるかは人によるだろう。

 それでは、高校生以外を含んだラッパーの総数についてであるが、それを推量する手段は、ちょっと思い浮かばない。メジャーレーベルでデビューした数とか、各種ダウンロードサイトに登録されているラッパーの数を数えていくことはできるだろうが、インディーシーンのラッパーや、高校生ラッパーを始めとするアマチュアラッパーの数を数えることはできないだろう。

 なので、全く根拠のない感覚的なもので申し訳ないが、どんなに多く見積もっても1万人は超えないように思う。せいぜいその半分か、あるいはもっと少ない可能性も十分にあるだろう。

 

 なにはともあれ、絶対的な数が少ない以上、プロレスラーやラッパーの幽霊譚がほとんど語られないのは仕方ないのかもしれない。

 現在日本で活動しているプロレスラーが1000人程度として、その数は日本の人口1億2500万人の12万分の1以下にすぎないのである。

 単純な計算をしていいのかわからないが、幽霊が12万いたとして、プロレスラーの幽霊はその中に一人しかいないわけだ。そんなレアケースは滅多に報告されないだろう。ラッパーについては、プロレスラーより数が多いかもしれないが、それでも同じようなものである。

 

 そして最後に、これは多分みなさん最初からお気づきだろうし、私もあえて書かなかったのだが、プロレスラーやラッパーの幽霊が出てきたら、ビジュアルがちょっと面白くなってしまう、という問題がある。

 ドロップキックをする幽霊や、MCバトルを仕掛けてくる幽霊を想像した時、恐怖の感情より笑いが先に来る人が多いのではないだろうか。

 多くの怪談の語り手たちは、聞き手を笑わせるより恐怖させることに主眼を置く。(笑える怪談、シュールな怪談のようなジャンルもあるし、笑い話のようで実は怪談というようなパターンもあるが)

 怪談が恐怖を煽る物語である以上、それを阻害するような要素は排除せざるをえない。ちょっと意地の悪い言い方をするなら、怪談の語り手たちは、誰を幽霊にするか選んだ上で物語を作っているはずで、プロレスラーやラッパーは選ばれにくい属性というわけだ。

 

 以上がプロレスラーやラッパーや幽霊について、私が時々考えていることです。

 もしもこれを読んでいる方の中に、プロレスラーやラッパーの幽霊が出てくる怪談を知っている方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。

 

 長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。それではまた別の機会に。

 

追記

 ちなみに、私はここで書いたようなことを考えているうちに、「ラップと怪談」という小説のようなもののアイデアを思いつきました。この小説のようなものは、文学フリマに出店した際に売っています。

*1:超獣、キング・コング・ブロディなどの異名を持つ昭和の名外国人レスラー。1988年、ブッカー兼レスラーのホセ・ゴンザレスとの口論の末に刺殺された

*2:赤坂のニュージャパンホテルの地下に存在した高級ナイトクラブ。1963年、力道山暴力団組員・村田勝志によって刺突される事件が起こった。正確には力道山はその後病院に入院し、一週間後に死亡している

*3:2PACとノトーリアスB.I.G.はともにアメリカのヒップホップMC。ヒップホップ史上最悪と言われる抗争、通称東西海岸ヒップホップ抗争の末、互いに何者かに銃殺された

*4:1980年生まれ。新日本プロレスWWE所属。棚橋弘至らとともに暗黒期の新日本プロレスを立て直し、昨今のブームの礎を作り上げたレスラーの一人。リング上での独特な動きから唯一無二の存在感を放つ

*5:「プロレスという生き方 平成のリングの主役たち」(三田佐代子著、中公新書ラクレ、2016年)

*6:ヒップホップで抗争を表すスラング

*7:薬物等を身体に害が出るほど過剰機摂取すること

*8:文部科学統計要覧(令和2年版)より。https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/002/002b/1417059_00003.htm

*9:ZEEBRAが所属していたヒップホップ・グループキングギドラの楽曲。日本国内で最も有名なディスソングであり、Dragon Ash等を激しく攻撃している

*10:<BAZOOKA!!!第11回高校生RAP選手権 in 仙台>、初出場の9forが優勝 https://www.barks.jp/news/?id=1000140298

*11:日本高校野球連盟HPよりhttp://www.jhbf.or.jp/data/statistical/koushiki/2020.html

全日本プロレス松江大会の観戦に行った



唐突にブログの更新を再開します。

先日(2019年4月9日)全日本プロレスの興行が、私の住む島根県松江市で行われたので観戦してきました。

会場はくにびきメッセ。たぶん島根県では一番大きいコンベンションセンター的な施設です。だいたい新日本と全日本がそれぞれ年に一回ずつくらいの頻度でプロレス興行にやってきます。

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私がプロレスを本格的に見るようになったのはここ2年くらいのことで、全日本の興行を生で見るのは今回が3回目。(過去の2回は、くにびきメッセ1回、後楽園ホール1回)

過去見た2回の大会が非常に楽しかったので、今回もウッキウキで会場にいきました。

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応援のための服装は宮原健斗選手のTシャツをチョイス。4月だけど滅茶苦茶寒かった。


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席は特別リングサイドを購入。西側最前列の真ん中あたりでした。


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私のすぐ目の前にリングアナウンサーの席があり、ゴングやらノート(進行表かなにか?)が置いてありました。


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せっかくの最前列なのに、試合中もリングアナウンサーの頭が見えるのは、ちょっと残念だなあとかちょっと思ったりもしたのですが、普段あまり見ることができないリングアナウンサーの仕事を間近で観察できる、とポジティブに捉えることにしました。


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観察の結果、リングアナウンサーはカウント2.9の度にゴングを鳴らす木槌を振り上げるという知見を得ました。第一試合の序盤であっても、レフェリーがカウントをとりはじめたら木槌を振り上げてました。これがプロ意識!

 


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普段の私は場外乱闘運(自分の席の周りで場外乱闘行われる運勢)が全くないのですが、この日の興行では結構私の周りで場外乱闘してくれて嬉しかったです。

あと場外乱闘中の選手の近くにいると結構汗のにおいがすると気付きました。

なお、上の画像のディラン・ジェイムス選手vsギアニー・ヴァレッタ選手の試合は試合時間の半分くらい場外乱闘してた印象です。

ちなみにリングアナウンサーは場外乱闘が近づく度に、ゴングと木槌を抱えて跳ねるように逃げていました。ちょっと可愛かったです。

 

この日の興行はチャンピオンカーニバルという総当たりリーグ戦の公式戦。

全7試合中4試合がシングル戦という贅沢な興行でした。

はじめて見るレッドマン選手の肉体とイケメンっぷりに惚れ惚れしたり、
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サム・アドニス選手が野村直矢選手にかけた雪崩式バックドロップに喝采をおくったりしましたが、やはり一番印象深かったのはメインの宮原健斗選手vsゼウス選手という、超豪華な一戦。


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もうとにかくこの二人の試合はスピード感やら迫力がすごくて、近くで場外乱闘があるとお客さん全員「ひえ~」とわりと本気の悲鳴をあげていました。

試合は宮原選手の執拗な首攻めやら、和田京平レフェリーとの愉快なやり取り(「レフェリーリングアウトのカウントとって」「お前が先にリングインしろ」的なやつ)やらいろいろありましたが、最終的にはゼウス選手が勝利。

ゼウス選手の普通に善良なお兄さんみたいなマイクの後、会場全体でちょっと恥ずかしがってる感じでワッショイと叫び、大会は終了しました。

 

全体的には非常に満足度高かったです。来年もまた全日本が来るなら、絶対に見に行こうと思えるような、明るくて清清しい良い大会でした。

いやあ、楽しかったです。

 

『新感染』/『お嬢さん』 いま、韓国黒ロン映画が熱い!

お久しぶりです。長らくブログの更新を止めていましたが、今日9月6日は年に一度の黒ロンの日なので簡易的ではありますが、更新したいと思います。はい。

 

先日、『新感染 ファイナル・エクスプレス』を見たんですよ。


「新感染 ファイナル・エクスプレス」予告編

ソウル発、釜山行きの高速鉄道にゾンビウイルス感染者が乗り込んでいてさあ大変、みたいな話なのですが、これに登場するジニさん(演・アン・ソヒ)というキャラクターが大変チャーミングな黒ロンさんだったわけです。

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ジニさんは主人公格の一人である野球部の少年ヨングク君(演・チェ・ウシク)に先日愛の告白をしたばかり。奥手で煮え切らないヨングク君は、告白への回答を留保しているのですが、これに対してジニさんは、ヨングク君からイヤホンの片方を奪って無理やり一緒に音楽を聴いたり、「私に告白されたんだから、観念して受け入れなさいよ!」的なセリフを言ったりと、百点満点の攻撃を仕掛けてくるわけです。

とにかくジニさん、滅茶苦茶かわいいわけですよ。そんなジニさんが、ゾンビパニックに巻き込まれて、酷い目に遭って……ああ……あの野郎許さん……

ジニさん抜きにしても、この『新感染』、マ・ドンソクさんが滅茶苦茶カッコよかったり、韓国映画特有の異常な熱量で全力疾走してくるゾンビの絵面が面白かったり、とにかく必見の映画なので、みんな見ればいいと思うのですが、それはそれとして、今年はもう一作、韓国黒ロン映画の傑作があったわけですよ。

 

もちろん『お嬢さん』ですね。

 

お嬢さん(字幕版)

お嬢さん(字幕版)

 

簡単に説明すると、日本の植民地だった1939年の朝鮮半島で、豪邸に暮らす日本人令嬢・秀子(演・キム・ミニ) のもとに、新しいメイドとして少女・スッキ(演・キム・テリ)がやってくる。スッキは実は詐欺グループの一員で、秀子と詐欺師の頭領を結婚させるために暗躍する使命を持っていた。しかし、スッキは純朴な秀子にいつしか恋心を抱いてしまって…みたいな話です。

 

この映画、近場の映画館でやっていなかったので、BDで鑑賞したのですが、これがとにかく大傑作。今年見た映画の中で個人的にナンバーワン。というか、僕のオールタイムベストを更新したかもしれない作品なわけです。

 

二人の女性や詐欺師たちによる騙しあい的な、ミステリ/サスペンス描写も大変楽しいのですが、なによりもレズビアンである黒ロンの女性二人が、欺きあったり、添い寝したり、風呂に入ったり、セックスしたり、男たちに反旗を翻したりする姿が、いちいち美しくエロティック。それでいて同時に感動的なのです。

特にラストシーンについては、もう完璧というほかになく、エロス、笑い、やさしさ、爽快感、幸福感、などなど、「この世のあらゆる善なる感情」が同時に襲ってくるとでもいうか、前代未聞の素晴らしい仕上がりになっています。

 ちなみにパク・チャヌク監督は、このラストシーンについてインタビューで、

www.gizmodo.jp

「原作小説を読んでいる途中から、二人の女性が明るくセックスして(ネタバレ防止のため反転)ラストを迎えてほしいと願っていて、映画はそのとおりに作った(要約)」というようなことを言っているのですが、このインタビューを読んだとき、僕は「パク・チャヌク、滅茶苦茶信用できるな」と感動に打ち震えたものです。そういう話、僕も大好き。

 

なお黒ロン的な部分について、一応注意しておくと、二人の主人公、秀子(黒ロン)とスッキ(セミロングくらい?)は、普段は髪を結っていて、主に大事なシーンで髪を下す感じです。常に黒ロンが拝めるわけではないですが、大事なシーンではしっかり美しい黒ロンを見ることができます。大事なシーンとは要するに濡れ場ですね。はい。

 

なにはともあれ、滅茶苦茶面白いし、ナイス黒ロンな映画だから、みんな『お嬢さん』を見ようぜ(ただしR18指定なので18歳以上は)とだけ言っておきたいと思います。

 

と、そんなこんなを書いているうちにいつの間にか9月6日が終わってしまったので、ここらで更新を終えたいと思います。

いま、韓国黒ロン映画が熱い!!

『累』大人買いした

 昔から、変身というものに、心動かされてきた。

  僕の最も古い記憶は、実家の居間でウルトラマンタロウのビデオを見ていたときのものである。多分、四歳か五歳だったと思う。

  兄と一緒にこたつに脚を突っ込んでみていたそれは、第31話「あぶない!嘘つき毒きのこ」という話で、謎の毒キノコを食べた人間や、キノコ型怪獣マシュラの放出した毒液を浴びた人間が、次々とキノコ人間になってしまうという話であった。多分元ネタはマタンゴ

 

 大人になった今、改めて見返してみると、全然怖くもなんともない――むしろ突っ込みどころ満載で、コント・コメディっぽい雰囲気さえある――話なのだが、幼い僕にとっては、人間がきのこ人間になるという描写が、恐ろしくてたまらなかった。自分もきのこ人間になってしまうのではないかという恐怖から、中学に入学するくらいまで、まともにキノコを食べることができなかったくらいだ。

 同じくウルトラシリーズで、ウルトラセブン第2話『緑の恐怖』という話も印象に残っている。これに登場する植物型宇宙人ワイアール星人は、人間を自分たち同じワイアール星人に変えてしまうという能力の持ち主であった。『緑の恐怖』を見た幼い僕は、マシュラの時同様、自分もワイアール星人に変身してしまうのではないかと恐怖に打ち震えたものだ。

 

 しかし、変身は僕にとって恐怖の対象であると同時に、ひどく魅力的で蠱惑的なものでもあった。

 子供のころは、ウルトラマン仮面ライダーといった変身ヒーローに人並み以上に憧れを抱いていたし、手塚治虫の『ふしぎなメルモ』の、子供から大人に変身するシーンに対し、異常なまでにエロチックなものを感じ取ったこともよく覚えている。

 中高生のころに読んだ小説は、中島敦の『山月記』や芥川龍之介の『白』*1といった変身を題材とした物語ばかり記憶に残っているし、大学の卒業論文で扱ったのはカフカの『変身』だった。

 なによりTSF。僕がTSF(性転換を題材としたフィクション作品)を偏愛していることは機会があるたびに触れていることではあるが、TSFというのは言うまでもなく、変身を主体としたジャンルである。

 

 さて、自分語りはこれくらいにしておいて、本題に入ろう。

 先日、『累』(松浦だるま講談社)を一気読みした。これもまた変身というものを題材とした作品である。

 

累(1) (イブニングコミックス)

累(1) (イブニングコミックス)

 

 

 『累』は様々な場所で絶賛されているのを見て、長い間読みたいなあ、読まないといけないなあと思いながら、なかなか手を付けられずにいた漫画であった。

 

 しかし、最近読んだ料理マンガ『めしにしましょう』(小林銅蟲講談社)

  が滅茶苦茶面白くて、この漫画が『累』の制作現場を(ある程度)モデルにしていると聞き、ついに『累』1~10巻のkindle版をまとめて購入することにしたわけである。

 

*1:白犬が黒犬に変身してひどい目にあったりする話

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