7月21日/白人は月に立ち、オリンピックが始まった


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 アポロ11号の船長、ニール・アームストロングが月面に降り立ったのは52年前の今日、すなわち1969年7月21日だった。
 アームストロングを主人公に据えたデイミアン・チャゼル監督の映画『ファースト・マン』にはいくつか印象的なシーンが存在するが、その中の一つにミュージシャンで詩人のギル・スコット・ヘロンが「Whitey on the Moon」を歌うシーンがある。


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 黒人たちは困窮しているのに、白人たちは莫大な税金を使って月を目指す。そんな不平等に対して皮肉をぶつけた歌だ。
 国家の威信なるものをかけて、アポロ計画関係者が月に行くことに執心しているのと同じ時期に、黒人たちは貧困にあえいでいた。徴収された税金は、白人たちが乗るロケットの開発に使われても、貧困層のためにはまともに使われない。

 『ファースト・マン』という映画の中で、黒人たちがあげた怒りの声は、しかし鮮烈な印象を残した後ですぐに遠景に消えていく。ライアン・ゴズリング演じるアームストロングの月旅行を阻止することはない。『ファースト・マン』という映画に奥行きを持たせる名シーンだ。*1

 

 2021年7月21日。

 東京オリンピックの一部の競技が始まった。
 新型コロナウイルスの感染拡大が収まる気配を見せない中で開かれるこの催しについて、決して少なくない割合の世論は中止か延期を求めたが、政府や関係者たちは結局開催を決定た。 政府や関係者、選手たちの多くはオリンピック・パラリンピックによって国民に夢や感動を与えると言っている。病床が埋まり、飲食店がシャッターを下ろすのを尻目に、選手たちは競技場の中を駆け回る……。
 そこにあるはずの、決して小さくないはずの批判の声は、「偉大な計画」を前にして、あたかも些細なもののように扱われる。カメラのレンズは競技場の内側に向けられ、外に響く声は遠景として消えていく。

 しかし、その声は間違いなくそこに存在している。

 

 『ファースト・マン』を見て、アームストロングに感情移入する人の心情はわかる。アポロ計画を無邪気に持て囃す人の気持ちも理解できる。

 だが、 私はギル・スコット・ヘロンの側に立つ人間でありたい。
 少なくとも自分はアームストロングではないし、アームストロングのような立場になりたいとも思わない。

*1:なお、Whitey on the Moonのリリースは1970年であり、実際には月面着陸の少し後に発表されている。