『プロレススーパースター列伝』 または解説者としてのアントニオ猪木

  おこんばんは、死角からの一撃です。

 9月ですね。9月といえば秋ですね。秋といえばスポーツの秋ですね。

 というわけで、今日は今最も読むべきスポーツ漫画である『プロレススーパースター列伝』の話をしたいと思う。

プロレススーパースター列伝【デジタルリマスター】 1

プロレススーパースター列伝【デジタルリマスター】 1

 

 

 皆さんは、『プロレススーパースター列伝』をご存じだろうか?

 僕は平成生まれのボーイなので、つい最近まで『プロレススーパースター列伝』についてはタイトルくらいは聞いたことがあっても、内容のほうは、さっぱり知らなかった。

 しかし、ある時これがKindle化され、安値で販売されていたので、試しに読んでみたところ、ちょっとびっくりするくらい面白かった。

 プロレスに全然興味が無くて、アントニオ猪木にもジャイアント馬場にも全く思い入れがない僕が読んでも、めちゃくちゃ面白かったので、多分当時の少年たちはもっと面白く読んでいたのだろう。

 

 『プロレススーパー列伝』、高名な漫画ではあるが、平成生まれのボーイ&ガールの中には、以前の僕のように一切その中身を知らない人もいると思うので、今日は僕なりに『プロレススーパースター列伝』の魅力を紹介したいと思う。

 

 

プロレススーパースター列伝』がどんな漫画なのか、知らない人のために、簡単に説明しておくと、当時日本で人気のあった実在のプロレスラーの波乱万丈の生涯を、事実に基いているという建前を掲げながら描いた、オムニバス・プロレス漫画である。

 作者は原作:梶原一騎、作画:原田久仁信週刊少年サンデーに1980年~1983年にかけて連載されていた。

 

 この『プロレススーパースター列伝』が、なぜ面白いかというと、多分エンターテイメントにおいて重要な要素が、きっちり隙間なくつめ込まれているからだ。

 重要な要素とはなにかといえば、「①明快で起伏の大きいストーリーテリング」「②戦い(暴力)」「③嘘」「④アントニオ猪木による解説」の4つである。

 それでは、『プロレススーパースター列伝』を傑作たらしめている要素について、一つ一つ順番に見ていこう。

 

①明快で起伏の大きいストーリーテリング

 『プロレススーパースター列伝』に登場する、プロレスラーたちの物語は、一部の例外を除いて、次の様なストーリーラインをたどる。

1 プロレスラーの現在の姿を描く

2 時系列が過去に戻り、プロモーターや先輩レスラーに才能を見出され、プロレスラーになる

3 さまざまな要因により不遇の時代を過ごす

4 特訓や良き指導者との出会いなどによって成長し、不遇の時代を乗り越える

5 プロレスラーとして大成する(時系列が1と同じ時期に戻る)

 …といった具合だ。

 このフォーマットがプロレス伝記漫画として非常に良く出来ている。

 どういうことかというと、読者は現在のプロレスラーたちの姿を知っているわけだから、当然物語のオチはわかっているわけである。すると、読者の興味は自然と結末ではなく、プロレスラーになったきっかけや不遇な時代、すなわち2や3に集まることになる。

 そして、注目が集まっている状態で、3の不遇時代に情け容赦ない不遇エピソードを入れることで、読者は割と本気でショックをうけることになる。「え、あのスターレスラーがこんな気の毒な目に!?」といった具合に。

 さらに、現実に存在する超人的なレスラーが惨めな目にあうのを見ることで、読者はそのギャップにショックを受けるだけでなく、プロレスラーに感情移入することになる。

 本来、プロレスラーというのはムキムキボディの超人であり、読者にとって感情移入することが難しい存在であるはずだが、それでも3の不遇エピソードによって、一気にその問題をクリアしてみせるのである。

 そして3時代の状態が不遇であればあるほど、4と5の展開によって得られるカタルシスが増幅されるという寸法だ。完璧な流れと言ってもいい。

 また、同じようなストーリーラインをたどるからといって、同じような話が何度も繰り返されるかというと、決してそうではない。

 というのも、登場するプロレスラーたちは、ほとんど全員が強烈な個性の持ち主であり、その個性によって各エピソードにバラバラの味付けをしているからだ。

 中でも、作中では気が狂った極悪人扱いされながら、善良な人間にしか見えないアブドーラ・ブッチャーや、不気味な大巨人アンドレ・ザ・ジャイアント、割と本気で狂人にしか見えないタイガー・ジェット・シンの存在感はすさまじい。

 彼らの個性が強いからこそ、上記のフォーマットが輝き、逆に確固たるフォーマットがあるからこそ、プロレスラーたちの個性を思う存分描ききれているのである。

 

②戦い(暴力)

 これは説明するまでもないだろう。

 エンタメの基本は暴力であり、暴力というのは否が応でもエンタメになる。

 特に、『プロレススーパースター列伝』が扱っているのは、まさにショービジネスとしての戦闘であり、エンタメ暴力の最前線であるプロレスなわけである。

 大男たちが殴りあい、蹴り合い、投げ飛ばしあう。

 それだけでもう面白いに決まっている。

 

③嘘

 『プロレススーパースター列伝』は、一応プロレスラーたちの生涯について、真実に基づき描かれている、という建前になっているが、どう考えても嘘っぽいエピソードが多い。というか、多すぎる。タイガーマスク編なんて、9割くらい嘘だけで書かれているんじゃないかと思えるくらいである。

 

 以下、タイガーマスク編で描かれた凄まじく嘘っぽい描写の一例。このレベルの嘘っぽい話がゴロゴロと転がっている。

 

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タイガーマスクがメキシコの施設で体験した(らしい)非人道的特訓の一例

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 ↑タイガーマスクは意識のない状態のほうがむしろ危険だとブラックタイガーは警戒した(らしい)

 

 しかし、嘘っぽいことが必ずしもマイナスに働いているかというと、決してそうではない。むしろその逆で、ここまで堂々と嘘をつかれると、法螺話として非常に面白く感じてしまうのである。

 伝記的作品というのは、普通は事実性とか現実性みたいなものに縛られてしまって、自由な描写ができなくなるものだけれど、『プロレススーパースター列伝』の場合は、事実性・現実性を完全に無視してしまうという極端な方法で、この問題をクリアしている。

 そんな作劇をしているにもかかわらず、「格闘界の大物梶原一騎が原作をしている」「アントニオ猪木が解説をしている」という、このたった二点だけで読者に「非常に嘘っぽい話だけれど、もしかしたら本当のことなのかも…」と思わせるのだから、力技が凄いとしか言いようが無い。

 「読者が嘘っぽいと思うかどうかなんて関係ねー、俺達は実際に見てきたんだ!」という居直った態度を、梶原一騎先生にとられたら、読者としてはもう嘘っぽいと思いつつも、信じるしかないのである。すさまじい。

 ある意味、プロレスというショービジネスが持つ現実と虚構の入り混じった空気を、漫画でうまく再現しているともいえよう。

 凄い。もうとにかく凄い。 

 

アントニオ猪木による解説

 プロレススーパースター列伝には、ほぼ毎回、「アントニオ猪木(談)」という、アントニオ猪木による解説が挿入される。内容はそれなりに真面目なものであるときもあれば、明らかに嘘くさい謎の理論による解説であったり、アントニオ猪木の自慢話だったりする。

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タイガー・ジェット・シンと自分の関係を語る猪木

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アンドレ・ザ・ジャイアントの心情を勝手に語る猪木

 

 そして、これがめちゃくちゃ面白い。説明が難しいのだけれど、普通の漫画の解説の10倍くらい面白い。僕は「アントニオ猪木(談)」の文字を見るたびに、一人でキャッキャと喜んでいた。

 なんでこんなに面白いのかというと、やはりアントニオ猪木というキャラクターの持つ力が大きいのではないだろうか。

 燃える闘魂アントニオ猪木は「なんかもっともらしく暑苦しいことを言う男」「暑苦しくどこか子供っぽい夢を語る男」「話が長い男」である。アントニオ猪木のそういうところは、かっこよかったり親しみを覚えやすかったりする美点でもあるけれど、同時に人によっては「ウザい」と感じるポイントでもあるわけだ。

 つまり、猪木のかっこよさや親しみやすさは「ウザさ」と表裏一体になっているのである。そして、猪木の持つこの特異なキャラクター性こそが、『プロレススーパースター列伝』の中では、解説という役割とうまく噛み合っているのである。

  漫画において解説とは、うまく使用されれば読者を物語世界に引き込んだり、読者の知識欲を満足させる武器になるが、下手に使われると、物語のテンポを削いだり、あるいは作者が読者に知識をひけらかしているような感覚を与えてしまう、言ってしまえ諸刃の剣なわけである。

 しかし、『プロレススーパースター列伝』では解説というものが持つ負の側面を、上で述べたようなアントニオ猪木のキャラクターが見事に中和してみせているのである。

 解説の中身がどんなに偉そうなものであったとしても、アントニオ猪木はもともと偉そうにもっともらしいことを言う(そこがかっこいい)ので気にならない。

 解説がどんなに物語のテンポをそぐものであったとしても、アントニオ猪木はもともと空気を読んだりするような男ではない(そこがかっこいい)ので気にならない。

 解説が一見理解不能な理論に基づくものであったとしても、アントニオ猪木はもともとよくわからない理屈を話す男(そこがかっこいい)だから気にならない。

 というわけだ。

 仮に「アントニオ猪木(談)」ではなく「ジャイアント馬場(談)」だったり、あるいは原作者の梶原一騎が直接解説するようなスタイルであったりしたなら、きっとここまで面白いものにはならなかったと思う。

 アントニオ猪木の解説者としての才能を十二分に引き出した作品、それこそが『プロレススーパースター列伝』なのだ。

 

まとめ

 まあ長々と書いたけれど、何が言いたかったかというと、

プロレススーパースター列伝は面白いので、読もうぜ」 

 ということだけである。

 2016年9月11日現在、Kindle版が全17巻セットで500円で購入できる。Kindleユーザーは要チェックだ。

 

 

 ちなみに、各エピソードは完全に独立しているので、自分が好きなプロレスラーが出ているところだけ読むのもありだと思う。

 個人的に好きなエピソードは「アンドレ・ザ・ジャイアント編」と「ブルーザー・ブロディ編」。

 アンドレ・ザ・ジャイアント編は強すぎるがゆえに惨めな目に遭うアンドレの心情描写が素晴らしく、ブルーザー・ブロディ編はめまぐるしく敵味方が入れ替わる様子が非常に楽しい。

 それでは最後に、『プロレススーパースター列伝』を象徴するタイガー・ジェット・シンの名台詞で、記事を終えたいと思う。

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