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『君の名は。』 あるいは階段落ち以上に説得力のある入れ替わりはあるか問題(ネタバレ有)

映画 TSF

 おこんばんは、死角からの一撃です。

 先日のバランスポリシー記事でも少し触れましたが、現在大ヒット中の映画『君の名は。』がTSものだという情報を知ったので、翌日見てきました。

 

 

  この映画については、自分の中で結構もやもやするところがあって、良い映画のような気も、いまいちな映画のような気もしています。

 TSF映画なので、それだけで無条件に褒めたい気もするんですが、しかし、TSF映画としてみた場合の欠点もある。

 頭のなかを整理するために、とりあえず、自分の感想をブログにまとめておきたいと思います。

 

 なお、ネタバレありな上に、すでに『君の名は。』を鑑賞した人が読むことを想定して書いています。未見の方はご注意を。

 

 

 感想を語る前に、まず前提として、僕は新海誠監督のファンではありません。

 というか、監督の作品は今までひとつも見たことがありません。

 なので新海誠映画の文法とか、お約束とか、そういうものがあるのかないのか含めて一切知りません。センチメンタルな感じの恋愛アニメを作る監督? くらいの認識です。

 それから、『君の名は』についても小説版とか、パンフレットとかは一切読んでいません。(パンフレットについては欲しかったけど品切れで買えなかった。小説版は後から読む予定)なので、これから書く文章は、映画を一回見ただけでとりあえず書く感想です。

 たぶん、あと一回くらい映画館に観に行って、BDも買うと思いますが、とりあえず現在は映画一回見ただけという状態です。

 

 そんでもって映画の感想。

 はっきり言って、この時代にTS要素がそれなりに含まれる映画が作られて、大規模公開されたという、その事実だけでべた褒めしたい気持ちはあるのですが、しかし、そんな理由で評価するのは、映画関係者にもTSF界にも失礼なので、まじめに振り返っておきたいと思います。

 

 TSFとしてよかった点は、まずなんといっても主演二人の男女演技。特に「瀧くんが入った状態の三葉ちゃん」を演じている上白石さんはびっくりするくらい自然で、大絶賛せざるをえないTS演技でした。

 一方、三葉ちゃんの入った瀧くんの演技も、ちょっとオーバーな箇所はあるけれど、それでも全体的に高クオリティなTS演技だったと思います。

 

 絵的な演出の話をすると、髪の毛がぼさぼさか、ちゃんと結ってあるかどうか、微妙な目つきの違いとかいった、今二人にどちらの人格が入っているかわからせる工夫が、見ていて面白く、それでいて全然くどくなくてサイコーでしたね。

 

 それから、主人公がお互いに惹かれ合ったのがどういう理由かわかりにくい気もしましたが、TSF的にはこれもすごくよかったです。

 これはどういうことかというと、主人公二人は筆談によるやりとりこそしているものの、直接会話をしたり、客観的な姿を見たりしたことがないわけだから、常識的に考えて、ふたりがあそこまで相思相愛になるとは、ちょっと思えないわけですよ。

 劇的なイベントも、奥寺先輩とのデート以外に特になくて、そして奥寺先輩とデートする時点で、どうも二人の想いは通じあっているらしかったから、(要は奥寺先輩とのデートは恋愛感情確認イベントだったから)、そうなるとこの二人がなんであんなラブラブになるのかよくわからないわけです。

 いや、僕は恋愛弱者なので、もしかしたら恋愛強者の皆様から見たら、あれくらい普通なのかもしれません。SNSのフォロワー同士が文章だけで恋に落ちて結婚したみたいな話も聞きますから(現実の話とは思えないけど)、筆談だけの恋愛が成立することもあるでしょう。

 ただ、やっぱりなにか二人が惚れるきっかけになるような、劇的なイベントのひとつくらいあってもバチは当たらなかったのではないかと思います。

 しかし、TSFとして見た場合はまったく別で、この二人が惹かれ合った理由が超わかるんです。だって身体が入れ替わったから。

 瀧くんは女の子になるたびに、自分のおっぱい揉んでるんですよ。三葉ちゃんも、描写がないだけでたぶんマスターベーションしたんですよ。セックスしたも同然なわけですよ。はい。そりゃあ、あれくらいラブラブな感じになりますよ、はい。

 他にも「相手の体のことは何よりも知っている」とか、「相手はもう一人の自分であり、好きになるのは当然だ」とか、いろいろ理屈をこねることはできるのですが、とりあえず僕が言いたいことが何かというと、

「入れ替わった以上の理由なんて必要ねえ!」

 ということですね。はい。

 

 あと、物語中盤で話の雰囲気が一気に変わるあの展開については、めちゃくちゃ面白かったです。

 スマホから情報がどんどん消えていくホラー演出とか、村の皆隕石で死ぬという非常にボンクラなインパクトとか、見ていて超興奮しました。

 TSF的な視点で言うと、中盤の真実発覚によって、主人公たちのドキドキTSライフが打ち切られてしまうわけで、この点については後述しますが、正直がっかりなポイントではあります。

 ただ、中盤の真実発覚によって、瀧くんの意識が変化して、自分からもう一度入れ替わるために奔走するという、それ自体はTSFとして凄く良かったので、そのへんはジレンマですね。

 前のバランスポリシー記事でも触れましたが、TSFにおいて「不本意ながらTSする」のと「自発的にTSする」のではTSの扱い方が全然違っていて、それぞれ違った魅力があるわけです。

 『君の名は。』では、前半が典型的な「不本意ながらTSする」、中盤以降が「自発的にTSする」物語となっています。瀧くんが口噛み酒のことを思いつき、それを求めて山中を奔走する姿なんかは、あれはもろに「TSするために尋常でない執念を燃やす男」そのものなわけです。

 要するに二つの異なるTSの両方が、(かなり特殊な形で)描かれていたので、そういう意味で、お得感があったとも言えるわけです。

 

 とまあ、『君の名は。』(主にTSF要素について)褒めるべき部分を色々と列挙したわけですが、当然イマイチだった部分もあるわけですよ。

 まず、『君の名は。』は全体的にはそこまでがっつりしたTSFではありません。あくまでTS要素がそれなりにある恋愛・青春映画くらいの意識で作っていると思います。

 なので、仕方ないといえば仕方ないのですが、TSFとして美味しい場面をかなり省いています。特に終盤はほとんどTSF要素描かれません。(まあガッツリ描いてマスに受けるとは思えないし、どう考えても尺が足りないけれど)

 たとえば、主人公の瀧くんが、初めて三葉ちゃんの身体に入った時、朝起きて自分の体にびっくりするところは描くんですが(このシーン自体はかなり良かった)、その後、着替えやらトイレやらに戸惑ったり、初めて行った学校で女の子としてどのように振る舞うべきか悩む、みたいなシーンは全部カットされちゃうんですね。

 以降も、入れ替わりを繰り返す二人の生活が、基本的にナレーションとダイジェスト映像で済まされてしまっていて、これはかなりがっかりしました。

 この映画の入れ替わりって、入れ替わりのシチュエーションの中でもかなり特殊なわけですよ。なにしろ入れ替わった相手と筆談以外の会話手段がないのだから。

 文化が全く違う男女が、奇妙な現象に対抗するために、限られたコミュニケーション手段を用いて、現象の法則性を探ったり、生活にルールを設けたりする。

 これだけで面白いサスペンスを作れたと思うのですが、『君の名は。』の場合、その部分はかなりさらっと描いちゃっていて、個人的には物足りなさを感じました。

 

 それから、二人が入れ替わった理由が、いまひとつ説得力に欠けるというのも、ちょっと問題だと思います。

 二人はなんかスピリチュアルな理由で入れ替わった(神道的神秘現象? 血筋? 彗星の影響?)っぽいのは伝わったんですが、それだけだとちょっとパンチが弱い気がするんですよ。

 男女が入れ替わるなんて、そんなありえない現象が起こった理由を観客に納得させるには、やはり『転校生』の階段転がりくらいの、わかりやすいインパクトがほしいわけです。

 いや、僕もいい大人なので、階段を転がり落ちたって、男女の心と体が入れ替わったりしないということは、わかりますよ。

 でも、どういうわけか、階段落ちには男女が入れ替わるかもしれないという、圧倒的な説得力みたいなものがある。

 『君の名は。』においては、地理的時間的に離れた男女が入れ替わるわけだから、物理接触が不可能で、オカルトパワーに頼らないといけないということもわかります。

 わかるんだけど、やっぱり納得しがたいわけですよ。

 神道パワーや彗星パワーじゃ、多分男女は入れ替わったりしない、ような気がするんですよ。

 世界観がバリバリのSFとかファンタジーなら、別にオカルトパワーで男女が入れ替わってもいいと思います。でも、『君の名は。』の場合は、主人公二人の入れ替わり(およびそれに付随する時空間転移)以外にはほとんど非科学的なことは起こらない。彗星の落下についても「現実にありえるかもしれない」くらいのラインは保っている。

 そんな世界観の中で、男女の入れ替わりだけオカルトパワーを頼っちゃっているので、ちょっと納得出来ないんですね。力ずくでもいいから、観客が納得できる入れ替わりの原因を提示して欲しかった。少なくとも僕はそう思ってます。(頭の悪いことを言っている自覚は有ります)

 ただし、これは『君の名は。』に限った問題ではないということは、一応断っておきたいと思います。

 どういうことかというと、我々人類は、階段転がり以上に説得力のある入れ替わり描写を、未だ開発できていないという現実があるのです。

 世界観がSFとかファンタジーなら、脳移植とか、宇宙人とか、超能力とか、魔術とか、様々な理由による男女の入れ替わりが描かれてきましたが、しかし現実世界を舞台にしたTSFにおいて、階段落ち以上に納得できる入れ替わり描写が(少なくとも僕が知る範囲では)未だ存在しないわけです。

 なので、より納得度が高く絵的にもわかりやすい入れ替わり描写の開発については、今後の研究成果を期待するしかないわけです。『君の名は。』だけでなく、TSF全体の問題なんです。

 

 それから最後に、個人的に一番がっかりしたポイントは、「最後お父さんをどうやって説得したの?」問題です。

 これはTSFとは一切関係なくて、見た人の間でも評価割れているポイントなんじゃないかと思います。

 あれが観客の想像にお任せします、的な意図で行われた演出だということはわかります。わかった上で、僕は「ない」と思ってしまった。というか、あの部分だけで『君の名は。』全体の評価が大きく下がってしまいました。

 三葉ちゃんとお父さんの関係って、物語の中では全然進展していないわけですよ。むしろ瀧くんの行動で悪化すらしている。その最悪の関係の中で、三葉ちゃんがお父さんの説得に成功した(ようである)とか言われても、全然納得も感動も出来ないわけですよ。

 いや、彗星が分裂して、瀧くんの予言が的中し始めているから、お父さんが説得に応じる可能性が皆無でない事自体もわかります。

 でも、いやだからこそ、僕なんかは「観客の想像にお任せします」みたいなことをされても、お父さんが「お前の言っていることが正しかった」と勝手に三葉ちゃんに頭を下げる様子しか想像できないんですよ。

 しかし、お父さんの説得は、そんな即物的な理由であってほしくないと思うし、三葉ちゃんの成長とか勇気とか真剣さとか、なんかそういう物によってなされて欲しいという願いも、僕の中にはあるわけです。

 だから、僕は映画の中できっちり三葉ちゃんによってお父さんを説得して欲しかったし、どのように説得したか、製作者のほうで具体的なビジョンを見せて欲しかったわけです。

 また、物語として、お父さんを説得できるのは、瀧くんではなく三葉ちゃんしかいない、という着眼点は、王道的で非常に熱いとは思います。熱いと思うから余計に、三葉ちゃんの説得シーンが省略されたことについて、僕の中でがっかり感が大きくなってしまいました。

 

  以上が、『君の名は。』に関する、おおまかな感想です。細かい部分について言いたいことは他にもありますが、それについては別の機会に。

 多分見逃しているところとか、記憶違いの部分もあると思いますが、一見しただけの純粋な感想はこんな感じです。

 確かに無視できない欠点はいくつかありますが、同時に美点も大量にある映画だったと思います。見終わった直後の評価は「いまいち」でしたが、改めて感想を整理してみると、「かなりいい映画」くらいに評価が上がりました。もう一回は映画館に観に行くつもりですし、BD出たら購入する予定です。購入しただけでまだ読んでいない小説版も、これから読みます。

 とりあえず、間違いなく言えることは、TSFアニメ映画としては、史上最高傑作の一つであるということです(そもそも母数が少ないから)。

 もっとTSF映画が増えればいいと願いながら、とりあえずこの記事を終えたいと思います。